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ポーランドのヒッチハイカーと過ごした20日間【前編】

ポーランドのヒッチハイカーと過ごした20日間【前編】

2020.01.19 By Kei ヒト

ちょっとした出会いがきっかけで、僕は縁もゆかりもなかった東欧の国、ポーランドを訪れ、そこである人々と20日間ともに過ごすことになった。そのきっかけを紹介します。

旅の原体験

大学生活を通して色々な国に行った。

僕は友だちからオススメの国を聞かれると、ほぼ間違いなく 「ポーランド」 と答えている。

僕がポーランドという国にハマったのは、20日間ほど現地のヒッチハイカーたちと過ごした体験が大きく関係している。

それは旅に対する考え方、そしてこの7kgというプロジェクトに対する思いにも、大きな影響を与えることとなる。

まずは、なぜ僕が日本から遠く離れたヨーロッパの国、ポーランドに行くことになったのか、その経緯を話していこうと思う。

通勤中に、赤レンガ倉庫前で

休学中の2015年、僕は赤レンガ倉庫のビール祭りでアルバイトをしていた。

いつも通り、桜木町駅からワールドポーターズとワシントンホテルを横目に出勤しているところだった。

そう、ちょうどこのあたり。

ここに、彼はいた。

それがポーランド人のアンドリュー。今思えば僕がここで彼に出会ったのも、何かの縁だろうか。

近づいてみると、彼の前には多くの子供達が集まっていた。

気になった僕は、人混みの隙間から見てみることにした。

彼が手にしていたのは、長い紐と1つのバケツ。

とても大きなシャボン玉を作っていた。

そして僕は、シャボン玉よりも彼に興味を持った。

彼はなんでここでシャボン玉作ってるんだろう?

僕は普段、大道芸的な事をやってる人や、町を歩く外国人に自分から話しかけたりすることはなかったけど、この時は不思議と声をかけている自分がいた。

シフトの時間まで余裕ができるように早めに家を出ていたのと、アンドリューのどことなく優しそうな雰囲気のおかげだったのだろうか。

彼と話をしてみると、思っていた通り旅行中で、シャボン玉のパフォーマンスは旅費を稼ぐためにやっているとのことだった。

しかし、そのあとに彼が話してくれたことは、当時の僕にとって衝撃的ともいえる内容だった。

寝泊まりは公園、移動はヒッチハイク

アンドリューは宿も無ければ、移動手段すら持っていなかった。

当時の僕は、旅に出るとしたら事前に宿は予約するし、移動もバスや電車、飛行機を使うことが当たり前だと思い込んでいた。

でも、アンドリューの話を聴いて、今まで持っていた考えは一瞬で吹き飛んだ。

たまたまヒッチハイクで親切な方に乗せてもらうような経験はあったのだが、決してヒッチハイクがメインの移動手段になることはなかった。

さらに、アンドリューは驚いた僕の表情を見て、逆に驚いていた。

旅をするなら、当然ヒッチハイクだ。

彼の当たり前と僕の当たり前。

そこにはとてつもなく大きな違いがあった。

その後も彼と色々な話をした。

  • 大学を卒業して、就職まで時間があるので遠くの国「日本」に来たこと

  • まず、東京から福岡までヒッチハイクで行ったこと

  • そこからまたヒッチハイクで戻ってきて今は横浜にいること

  • 日本は警察がしっかり見回りをしていて、公園で寝ていると注意されてしまうこと

  • ポーランドの最低賃金のこと

  • ポーランドの学生は、長期休み中にドイツやイギリス、デンマークに出稼ぎに行くということ

  • 世代や住んでいる地域によって、ポーランド語&ドイツ語 ポーランド語&英語と話せる言語が違うこと

時間は短かったかもしれないけど、アンドリューにはたくさんの事を教えてもらったし、僕もできるだけ日本のこと、自分のことを彼に話した。

話の途中でポーランドの餃子ような料理、「ピエロギ」を思い出した僕は、彼に食べ物の話を振ってみることにした。

さよならとお弁当

国籍や出身地、人種を問わず、食べものの話は盛り上がる。

まずアンドリューは、ピエロギには色々な種類があることを教えてくれた。

一方で僕が紹介したのは、Googleで検索した「お弁当」の写真だった。

アンドリューに「食べたことある?」と聞くと、答えは「Never.」だった。

それでも、ご飯のまんなかにちょこんと載ったカリカリ梅や、しなっとした唐揚げが美味しそうで、とても気になると言っていた。

ここでバイトの時間が近づいてきたので、僕は「明日もいる?」とアンドリューに聞くと、彼は明日もここにいると笑顔で答えた。

僕は「ありがとう。」とだけ伝えてバイトに向かおうと思ったけど、気づいたら「明日お弁当持ってくるね。」とアンドリューに伝えていた。

そして、翌日母親に手伝ってもらい、中学・高校時代作ってもらっていたお弁当を再現した。

しっかりとカリカリ梅も唐揚げも入れて。

翌日になって昨日と同じ時間に同じ場所に向かうと、相変わらず道端でシャボン玉を作る彼の姿が。

アンドリューはもはや子供たちのヒーローになっていた。

交差点の向こう側の僕を見つけると、彼は大きな体を横に揺らしながら手を振ってくれるアンドリュー。

ちょっと恥ずかしかった(笑)

信号が青になって、アンドリューのもとへと足早に向かう。

僕らはガッチリと握手をした。

アンドリューも僕が本当に来たことに驚いているといった様子だった。

僕も彼がこうして同じ場所にいることは半信半疑だった。

だからこそ、この 小さな再会 が妙に嬉しかった。

そして、用意したお弁当を一緒に食べてもらうことに。

アンドリューは梅干しは少し苦手だったみたいだけど、唐揚げは凄く気に入ってくれた。

andrew_in_yokohama

そして、彼は今日が横浜に滞在する最後の日で、僕と会うのもこれで最後だと。

お弁当を持ってきてくれたお返しは、今はすることができないけど、もしポーランドに来るときは必ず連絡してほしい。

僕にとってはその言葉が最高のお返しだった。

その翌日に、彼から無事に東京に着いたとメッセージが届いた。

ことばを鵜呑みに、ポーランドへ

もし海外の人に「自分の国に来るときは連絡してね!」と言われたとき、あなたならそのことばをどのように捉えるだろうか?

もしかすると、ある種の社交辞令として捉えるほうが一般的なことなのかもしれない。

しかし、僕はそこらへんの感覚がどうやら少しズレているようだ。

僕は、アンドリューのことばを鵜呑みにして、後日連絡をとってみた。

「半年後、ポーランドに行くよ!」と言うと、

It's not that soon, just come to Poland tomorrow.

と返ってきた。

こうしてアンドリューとの出会いをきっかけに、僕はそれまで縁もゆかりもなかった東欧の国、ポーランドを訪れることに。

そこで僕は現地のヒッチハイカーたちと20日間過ごすことになるのだが、その模様は後編で書くことにする。